「だまってすわれば」を読んで(岡)
2021年 02月 01日
観相師・水野南北の生涯を追った小説をやっと読み終えました。この本は一年ほど前に本院長が柚の森スタッフにとお勧めされた本ですが、おそらく私が最後だと思い、取り上げさせて頂きました(^^;
水野南北という人は「江戸後期の人相占い師」と言ってしまえばそれまでなのですが、全国各地をまわり生涯人間を観察し続け、面相のみならず人間そのものの膨大なデーターを取り続けた人物です。そんな南北の観相は「だまって座ればピタリと当たる」と言われるほどの評判を呼んだそうです。東洋医学では望診、聞診、問診、切診と言って患者様を観察したり、問診したりして診察するので、南北の観相学も大いに学ぶべきかもしれません。
半グレ生活を経て観相師にたどり着き、全国を放浪し、人間観察をするために髪結い屋、風呂屋、火葬場で勤めるという南北の生き様は思い立ったら実行、実行で痛快でした。
「運命とは?いのちとは?生きるとは?」南北は観相師になって以来ずっと自問自答し続けました。そして南北はつぶやきます、「人間というのは天の陽火をうけ生まれたもんよ。その天の陽火がこの五体にとどまるをもって火止(人)と伝うのじゃ」
日本語ってすごい!言葉に本質が込められているのですね。
自身の実践で得られたこと、相談してくる人々を指導して得られたことから「どんなに凶相でも、粗食し、善を施すことにより運命が良い方向に転ずる」という持論にたどり着いたという。このことは現代の私たちも実践してみる価値があるように思えます。でも江戸時代の粗食って、相当な粗食になるのでしょうね(^^;
お弟子さんを全国に何十人もかかえるほどの観相師になった南北ですが、惚れた女性には目利きが出来ず、18人居たとされる妻はすべて悪妻だったというのが笑えます。
親分肌で人情味のあった南北の伝記は読み終えるとなんだか気持ちがジンワリ温かくなりました。

水野南北という人は「江戸後期の人相占い師」と言ってしまえばそれまでなのですが、全国各地をまわり生涯人間を観察し続け、面相のみならず人間そのものの膨大なデーターを取り続けた人物です。そんな南北の観相は「だまって座ればピタリと当たる」と言われるほどの評判を呼んだそうです。東洋医学では望診、聞診、問診、切診と言って患者様を観察したり、問診したりして診察するので、南北の観相学も大いに学ぶべきかもしれません。
半グレ生活を経て観相師にたどり着き、全国を放浪し、人間観察をするために髪結い屋、風呂屋、火葬場で勤めるという南北の生き様は思い立ったら実行、実行で痛快でした。
「運命とは?いのちとは?生きるとは?」南北は観相師になって以来ずっと自問自答し続けました。そして南北はつぶやきます、「人間というのは天の陽火をうけ生まれたもんよ。その天の陽火がこの五体にとどまるをもって火止(人)と伝うのじゃ」
日本語ってすごい!言葉に本質が込められているのですね。
自身の実践で得られたこと、相談してくる人々を指導して得られたことから「どんなに凶相でも、粗食し、善を施すことにより運命が良い方向に転ずる」という持論にたどり着いたという。このことは現代の私たちも実践してみる価値があるように思えます。でも江戸時代の粗食って、相当な粗食になるのでしょうね(^^;
お弟子さんを全国に何十人もかかえるほどの観相師になった南北ですが、惚れた女性には目利きが出来ず、18人居たとされる妻はすべて悪妻だったというのが笑えます。
親分肌で人情味のあった南北の伝記は読み終えるとなんだか気持ちがジンワリ温かくなりました。

(だまってすわれば 神坂次郎著 新潮文庫)